あなたの泣き顔に 栄光 七尾旅人/兵士A

今更言うことでもないけど、七尾旅人は炭鉱のカナリアのような感性を持っています。

時代に寄り添い続けるイタコのような存在なのでしょう。

「兵士A」

このタイトルを聞いた時、素直に「凄いなあ」と思いましたね。

何か色々な時代の空気の断片が凝縮されたようなタイトルに思えたからです。

この個性的で強力な七尾の感性に多くのアーティストが吸い寄せられています。

本作にゲスト出演している梅津和時や内橋和久、山本精一勝井祐二など、インプロ系のアーティストから、石野卓球向井秀徳などがこぞって七尾旅人と共演したのが偶然でもなんでもなく、七尾旅人の感性が呼び込んだと言えます。

2000年代の日本のロック史に残る傑作「911ファンタジア」の続編とも言える「兵士A」は、待望の七尾旅人妄想リアリズム作と言えるでしょう。

芸術論のようになってしまいますが、リアルとは何か?ということです。

参院選改憲が騒がれ、ニュースでは不穏なバラバラ殺人やストーカーまがいの事件が連日報道され、変におしゃれになった右翼の街宣車に違和感を感じ、海外ではテロが頻発し、日常生活は何やら窮屈で不穏さが漂っているように思えます。

その不穏な空気を言葉にすること。今すぐ戦争が始まる訳では勿論ないけれど、その予兆なものを言葉にする時「僕たちは戦前を、戦前を生きています」という歌詞は、その空気を妄想以上、実際以前で表現していることの方がリアルだと思うのです。

「明日に希望がある」といった類の言葉と「戦前を生きています」という言葉のどちらにリアルを感じるかはその人次第。

私は七尾の「戦前を生きています」という言葉にドキッとし、周囲を見渡した時、何かが変わって見えるような気がするのです。

本作「兵士A」を見て、久々に七尾旅人が独特な弾き語りを進化させていて嬉しく思いました。

七尾旅人911以降、その妄想リアリズムを一人で表現していく過程でギターだけではなくサンプラーエフェクター、リズムボックスを貪欲に使い、どんどんその独自の世界を拡大していく姿を見て、興奮していました。

したり顔で海外のアーティストで色々な楽器を駆使して演奏するだけのアーティストを「七尾より凄い」という鈍感な輩がいて失笑するしかありませんでしたが、それは本質を全く理解していないからこそ愚鈍だと思ったのです。

ただ一人で様々な音を出すだけであれば、これだけサンプラーなどの機器が進化していれば、それなりに出来ることくらいは分かるのです。

七尾旅人は表現したいことを形にする為であれば、新旧問わず道具を駆使することを辞さないのが分かるからこそ凄かったし、今も多くの支持を得ているのです。

表現が先か、技術が先か。それくらいのことは聴き手が見分けなければなりません。

本作で七尾旅人はライナーでも書いている通り、どこか不安定で危ういところがあります。咳き込んでいたり、機材のトラブルらしき様子も映っています。

しかし、それらをカヴァーするだけの揺るぎない世界観と表現力がカヴァーあるのが分かります。

梅津さんの名人芸とも言えるサポート。効果的なヴィジュアル。そして七尾旅人の類稀なる歌声と、時にアヴァンギャルド、時にポップな歌の数々。

これらが揺らがないからこそ、この作品は後に重要な作品となる風格を持っているのです。

1938 追憶の兵士【えい】〜エアプレーン〜赤とんぼは、間違いなく本作のクライマックスにあたる流れでしょう。

「赤とんぼ」は、向井秀徳坂田明とのセッションなどでも披露されているファンにはおなじみのカヴァーです。

圧倒的な表現力、ポップでもアヴァンギャルドでもフォーキーでもノイジーでもある強烈な歌の流れ。

七尾旅人が10年で到達した、ある種の極みが垣間見えます。

そして、本作はほぼ新曲で構成されていて、この後作られるだろう新作が出ることで、この作品が更に補完資料的作品として価値が増すように思います。

ここで見られるのは七尾旅人の強力な妄想リアリズムの断片。パズルのピースのいくつかであり、それらがどのように再構成され、どのピースが活かされるのかを聴き手が妄想する手がかりだと思われるのです。

ますます七尾旅人から目が離せませんね。

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